托鉢の意味に学ぶ「豊かさ」の築き方(気づき方)

内藤です

北鎌倉も桜がきれいに咲いてきました

六国見山にある夫婦桜が見事

場所によっては、まだ三分咲き、五分咲きのところもあれば、散りはじめている桜もあります

昨日は桜を見ながら散歩していました。

天気も良く、気持ちよく歩いていると、どこからかお経が聞こえてくるではありませんか。

鎌倉はお寺が多いですが、住宅地で大きな声が聞こえてくることは普段ありません^^;

見ると、お坊さんが家々の前でお経を唱えています。

「托鉢」かな、と思いました。

托鉢とは、お坊さんの修行の1つなのでしょうが、心屋仁之助さんのこちらの本で托鉢について書かれていて、お布施をする側にも意味があると知りました。

一生お金に困らない生き方

一部抜粋しますね。
※この本は絶対に読んでおいた方がいいです^^

 なぜ、僕が神社ミッションをすすめるようになったのか、その理由についてお話ししましょう。
 僕は2010年に無料のオープン(グループ)カウンセリングを始めました。それは本がたくさん売れたので、社会へ還元したいなと思ったからです。
 本当に困っている人は、カウンセリングのお金も払えないのではないかと思ったことも理由のひとつです。
 無料にしたら、本当に困っている人がたくさん来ると思っていました。でも、無料にしても来ない人は来ませんでした。
たとえ無料にしても、来ない人は来ない。何かと「来られない」理由をつけて、来ないのです。

 ちょうどその頃、先輩カウンセラーである澤谷鑛さんとお話しさせていただく機会がありました。そのとき言われたのが、お釈迦さまの托鉢の話です。
 托鉢とはお坊さんがお鉢を持っていろいろな家を回り、お経を唱えて、お布施をいただく行為のことです。
 澤谷さんによると、お釈迦さまはお弟子さんたちに托鉢は裕福な家ではなく、貧しい家を回るように言われたそうです。
 なぜかというと、貧しい人たちは自分たちのことを貧しいと思っているので、他人に施しをしてきませんでした(できなかった)。
 逆に、そのせいで貧しさから抜け出せないでいるからです。
 托鉢で、貧しい人たちからお布施をいただくことは、貧しさから彼れを救ってあげることでもあるのだ、とお釈迦さまは言うのです。

 貧しい人がなぜ貧しいままなのかというと、自分のことを貧しく、不幸だと思っているので、なかなか自分以外のためにお金を使えないからです。
 実は、だからこそ貧しいのですから、その人たちにお布施を出す(=人のためにお金を出す)という行為の大切さを教えて、それによって貧しさから救ってあげるのが、托鉢の本当の意味だったのです。
 つまりは「先に出す」という行為によって、豊かさが回ってくるということを意味しているのかもしれません。

なるほど〜ですよね。

豊かさって、溜め込むものではなく、回すもの、あるいは巡ってくるものってことですね。

「まだいい暮らしが出来ないから自分は豊かではない」と、「ない」にフォーカスしてると、溜め込もう、奪おうとしてしまいます。

「生きてるだけで丸儲け」と、些細なことでも「ある」にフォーカスすると、出すことができます。

豊かさって、何もお金だけではないですよね。
色んな形があると思います。

「既に自分にある豊かさは何か?」 
これを意識して、自ら出すことが大事。

空けば、また豊かさが入ってきますね。

自ら先に出すことが信頼にも繋がりますから。

しあわせのキッカケを、ネットから。
ありがとうございました!