「自分のための自分を語る」のではなく「相手のために自分を語る」

内藤です

メールセミナーの読者さんからいただきました。

自分を出していくこととが大事だどいうのは、わかりましたが、どこまで出したらいいのか、の加減がイマイチわかりません。

割と波乱万丈な人生を送ってきてそのプロフィールはサクッとかけました。が、普段書く文章にエッセンスを取り入れるとなると、加減を知らない極端な性格なので読み手にひかれてしまうのでは?と思います。

(中略)

自分の感覚では思い切りはっちゃけて書くのがワクワクするんですが。それは自己中なんだろうかと。

僕が言う「自分を出す」というのは、自慢(不幸自慢)するためでも、自己満足するためでもありません。

「自分の経験を誰かのために役立てる」という視点が必要です。

つまり、自分を出してもそれは一方的なことではなく、相手を意識して共感してもらったり、参考にしてもらうってことです。

では、なぜ、情報だけではなく、「その人」が分かるようなことも乗っけて発信した方がいいかというと、その情報の重みや伝わりかたが違ってくるからです。

例えば、こちらの「Facebookで自己開示することで得られる信用・信頼」でも書きましたが、

「信用が大事なんだ」

という、ただの8文字の情報よりも、堀江さんの失敗談や経験、人柄を知った上で聞く

「信用が大事なんだ」

では、全く重みも説得力も違います。

堀江さんという人を知れて共感できたから、その言葉がズシンときます。

「自分」という人や、経験、エピソードを知って貰えた方がいいわけです。でもその時に、「自分のための自分を語る」のではなく「相手のために自分を語る」ということを意識して欲しいです。

だから「自分を出す」というのは、自撮りしてアップしろってことではないですし、いやな事まで全てをさらけ出せってことでもありません。

自分のこの経験が役に立つ人がいるかな?
同じ経験した人、同じように思う人がいるかな?
自分の過去の経験を、今まさに経験している人がいるかな?

という想いで出すべきです。

そうしたら、共感される文章になります。

人はそれぞれ他人に対して信頼のゲージを持っています。

どういう人か分からない人に対しては信頼のゲージも低いままです。人が見えるから信頼のゲージも上がってきます。(人が見えて下がる場合もあります)

facebookでは、自分を見せることが目的になってしまっている人を時々見かけます。
「自分を見せる」ことが目的ではなく、伝えたいことを信頼して受け取ってもらうために自分を見せましょう。

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